カザフスタン一般事情
・正式国名 カザフスタン共和国
・元首 ヌルスルタン・ナザルバーエフ大統領
・面積 272万4900平方キロ(日本の役7.3倍)
・人口 1484万1900人(2001年推定)
・首都 アスタナ(人口32万人)
・旧首都 アルマトイ (アルマティ)
・民族構成 力ザフ人 53,4%、口シア人 30 %、ウクライナ人 37 %、ウズペク人 25 %など
・宗教 力ザフ人の多くがスンに派のムスリム。ほかにキリスト教の口シア正教など
・言語 国家語は力ザフ語。公用語は ロシア語。
・国土 世界で9番目に広い国土を有する。国土の26%はステップ地帯が広がり、シルダリャ、イシム、 イルティシュ、チュイなどの各河川が流れ、広大な穀倉地帯を形成している。南東部には天山山脈、アルタイ山脈、タルバガイ山脈が走り、西はカスピ海に接し、南西の砂莫地帯ではアラル海に接しています。石油、天然ガスをはじめ天然資源にも恵まれた資源大国でもあります。
・時差 GMT+4からGMT+6 まで幅がある。つまり日本が12:00のとき、朝9:00 。3月下旬から10月旬までは夏時間に入り、日本と時差は−2時間。
・気候 日本とほぼ同じ気候で季節がはっきりしています。大陸性気候で、冬にあたり寒く乾燥した天気が続きます。
・通貨 1000\=12050テンゲ、0,75$=100テンゲ(2005年9月21日レート)
・電圧と
プラグ 220V 、50Hz, Cタイプ。
・郵便 ー般の航空便郵便は、アルマトイから日本まで 2 週間ほどかかることもあります。緊急の場合はDHLやFEDEXなどをお勧め致します。
・ビザ 必要
・祝祭日 1月1日−新年、3月8日−婦人の日、3月22日−ナブルーズ、5月9日−戦勝記念日、8月30日−憲法記念日、10月25日−共和国記念日、12月16日−独立記念日
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アルマトイ (アルマティ)
数々の遊牧民族が活躍し、またシルクロードのオアシスとしても栄えたこの地域では、東西の様々な文化が現ざり合い、花開いていった。ロシア帝国の統治下に置かれ、1854年にヴェールニーと呼ばれる砦が築かれたのが、現在のアルマトゥの起こりとなったといわれる。その後、1923年からはカザフ社会主義共和国の首都として、中央アジアではタシュケントと並ぶ大都市として発展し現在に至る。1997年12月に首都はアスタナへ移転したとはいえ、「南の首都」アルマトゥはビジネス、文化、学問の中心として今後もその役割を果たしていきます。
天山山脈の支脈アラタウ山脈をのぞむ町アルマトウ、昼間はスモッグのため霞んでよく見えないことも多いが、朝夕はその美しい姿を満喫できる。アルマトウとは「りんごの里」という意味。その名のとおり、ひと昔前までは町中がりんごの香りで包まれていた。それで町の人々が誇りにするアルマトゥ産のりんごは、バザールへ行けばたくさん売られている。緑の多い町並みはソ連解体後もロシア系の人目比率は相変わらず高く、町なかでは未だに公用語であるカザフ語よりもロシア語の方が通用範囲が広い。道行く人の中には日本人に近い顔つきの人も多く、自分がここで外国人であるという違和感をあまり感じない。現地の人だと思われて話しかけられたり、逆にこちらが日本語でつい話しかけたくなってしまうこともあります。
アルマトイ(アルマティ)の主な見所
・カザフスタン国立中央博物館
カザフスタンの歴史や文化、民俗など展示内容は多岐にわたるが、特に近現代史の資料が豊富で、帝政ロシアによる植民地化の過程がよくわかる。以前はこの博物館にも博物館にも黄金人問があったのだが、首都の移転にともない新首都へ移されてしまたため、複製のミニチュアが展示されています。
・カザフ民族楽器博物館
28人のパンフィロフ戦士公園東端にある、木造建築の建物。代表的な民族楽器ドンブラ、コブズをはじめとする60種以上の民族楽器が展示されている。民族楽器のコンサートも行っています。
・国立美術館
ラハット・パラス・ホテルの向かいにあるとんがり屋根の建物。3階建ての広いスペースには絵画、造形物、絨毯、、写真などが展示されている
・考古学博物館
見ものは何といっても、有名な黄金入間。アルマトウ近郊で占代スキタイ戦士の墓から発掘されたこの衣装(紀元前5世紀)は、動物をモチーフにした4000以上の金細工から作られている。あまりに金ぴかなので、イミテーションではないのかという気もしないではない。この1専物館の人はこれがオリジナルだと主張するが、本物はロシアのエルミタージュ美術館にあるのだという人もいて、本当のところはわかりません。
・28人のパンフィロフ戦士公園
第二次世界大戦の時、カザフ共和国から出征しモスクワを防御したパンフィロフ将運率いる28人の部隊を弔うために造ために公園。園内には戦勝記念碑をはじめ、永遠に火のとだえることのない無名戦士の墓など、第二次世界大戦にちなんだメモリアルがあちこちにあります。
中央に建つゼンコフ正教会 は1904年に建立された木造建築で、1911年の大地震のときにも倒れなかったことで有名である。ソ連時代には博物館として使用されていたが、現在は再びロシア正教会として使われている。
・コクトベ
晴れた日には、カザフスタン・ホテルそばのロープウェイ乗り場から、市内を展望できるコクトべ(1070m)へ登ってみるといい。展望台には展望カフェもあるので、景色を楽しみながら体を休ませます。
・中央バザール
どこの国へ行っても、バザールは現地の人々の生活が見えておもしろい。食料品、洋服、日用雑貨など必要なものは何でも手に人るし、安い食堂やシャシリクの屋台もたくさんある。馬乳酒を売るカザフ人女性、ドライフルーッを売るウズペク人男性、キムチを売る朝鮮系のおばさん、果物を売るコーカサス系の女性たちなど。 バザールは人種の坩堝で、とても面白い。
・フリーマーケット
アルマトウの大バザール。とにかく広い。その面積とコンテナ数は年々拡がっていくばかりで、止まることを知らない。このバザールで、アルマトゥ人口に10に1人が商売をしているといっても大袈裟ではない。(バラホルカは「掘り出し物市」という意味)商品は中国製やヨーロッパ製、国内製など様々だが、中国人の数が多いのが目につく。中国商貿城なるものまであって、中央アジアにおける中国製商品の中央卸売センターといってもいいくらい。隣国 や各都市からの買い出し客も多く、いつもにぎわっている。ウイグル食堂街もあって、安くて本格的なラグマン、マントゥ、プロフなどが食べられる。
・日本人墓地
中央アジアでも、戦後 日本人捕虜たちが強制労働に従事させられていたことはあまり知られていないが、カザフスタンにも科学アカデミーや水力発電などをはじめ、当時日本人が建設に従事した建物は少なくない。この日本人墓地には、1つの墓石の下に6名が埋葬されているという。隣にあるのはドイツ人捕虜の墓地。
近郊の見どこる
・メデウ
市内から約15km、海抜1520~1750mの美しい渓谷にあるメデウ,スケートリンクも,アルマトウの誇る観光名所のひとつなので、ぜひ訪れてみてください。1972年につくられた氷質のよいこのスケートリンクでは、スピードスケートの数々の世界記録が生まれている。12月から4月の週末はスケートが楽しめるが、スケートをしなくても週末はここを訪れる人々が多い。スケートリンク裏にはダムがあり、長い階段を昇り詰めるとさらに美しい山間の自然が見られます。メデウからさらに約 4km先にはシンブラクスキー場がある。
・チヤリン・キャニオン
アルマトイから東へ約 19Okm 、国立公園内にあるユニークなチャリン・キャニオンは、ミニ・グランドキャニオンとも呼ばれる。 夏季にはキャニオンの間を流れるチャリン川のほとりでキャンプもできる。
・力ルカラ
キルギスとの国境に近いこの地の景色は、とても美しい。ここにはジべック・ジョルのツーリスト・キャンプがあり、カザフの伝統的乗馬ゲームやコンサート、乗馬、民族料理などを楽しみ、キイグズウイ(ユルタ、遊牧民の天幕)に宿泊して、町では触れることのできない力ザフ風遊牧生活を体験することができる。
・タンバル・タス
アルマトウの北西へ約I80km 、この渓谷には青銅器〜鉄器時代にかけてのユニークな岩絵がたくさん残っている 。サィガ、ラクダ、馬、羊、山羊、犬などの様々な動物、狩猟風景、太陽神、アニミズムなどの絵が彫り込まれていて、当時の人々の生活がうかがえて見てください。近くには住居跡や古墳も発見されている。
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タラズ
アルマトイの西約500km、シムケントの東約170kmに位置するタラズの歴史は古く、その起源は 2000年以上前にまでさかのぼる。古くからシルクロードの要衝として栄え、10世紀から12世紀にはカラハーン 朝の首都として最盛期を迎えたといわれます。現在のタラズ近郊にあるアイシャ・ビビ廟(12世紀)、ババジ・カトゥン廟(11世紀)などの数々の歴史建造物からは、シルクロードがこの地にもたらした経済と文化の繁栄ぶりがうかがえます。ソ連時代には、この地で生まれた詩人ジャンブル・ジャバエフにちなんでジャンブルと呼ばれていたが、最近になって再び旧名の夕ラズに改名されました。
主な見所
・力ラハーン廟
町の中心にひっそリとたたずむ力ラハーン廟は、この地を首部として栄えたカラハーン朝君主の秒で、11世紀の建造物。隣にあるのは13世紀のダウトべク廟です。
近郊の見どこる
・アイシャ・ビビ廟
・ババジ・カトゥン廟
カラハーン朝時代の女性2人を祀った廟。実際のところ、だれが葬られているのか定かではないので、廟に関する伝説が様々な形で伝えられています。
ガラスケースに覆われた廟は、12世紀のアイシャ・ビビの廟と伝えられている。素焼きレンガで、美しい、様々な模様が創り出され、東側の壁はオリジナルのまま残っています。その隣には、修復された11世紀の女性の廟、ババジ・カトウン廟があります。
シムケント
・郷土史博物館
歴史、民俗、地理などの展示の他、オトウラルから発掘されたものなどが展示されています。
・中央バザール
ウズべキスタンに近く、ウズべク人の人口比率も高いからかバザールにも活気が溢れていて、にぎやかでおもしろい。果物や野菜などの品揃えも豊富で、アルマトウや北部力ザフスタンに比べると物価が安い。安くておいしい食堂も多いので、食事しがてらぶらぶらしてご覧ください。
トゥルキスタン
シムケントから約3時間、クズルクム(ウズべク語ではキジルクム)砂漠の端に位置するトゥルキスタンは、ムスリムの巡礼地として有名です。この地に町が建設されたのは 5 世頃のことで、12世紀頃までには貿易の中継地として、そしてイスラームの信仰の中心として栄えたといわれます。
この地ではスラヴ系の人口比率がきわめて低く、ロシア語をほとんど解さない人々も少なくありません。バザールもとてもにぎやかで、見に値する。一般的に外国人の方はイメージする中央アジアの典型的な町とは、こんな感じだと言います。
この町には中央アジアでも最大級のコジャ・アフメド・ヤサウィ廟もあるので、ぜひ訪れてご覧ください。西暦2000年には、トゥルキスタンの1500周年祭が行われていました。
主な見所
・コジャ・アフメド・ヤサウィ廟
コジャ・アフメド・ヤサウィは12世紀に活躍したスーフィー(イスラーム神秘主義伝道者)で、ヤサウィー教団を創設し、この地でのィスラームの布教、定着に貢献した聖人です。彼の人生については謎が多いが、現在のシムケントの東サイラムで生まれ、ブハラで教育を受け、その後は長くトルキスタンの地に住み、63歳(預言者ムハンマドが亡くなった年齢)で地下に隠居し修行を積んだといわれます(その跡は、同じ敷地内にあるクルウェト地下モスクに残っています)。
1390年代にティムールの命令により建てられたこの廟は、高さ44m 、ドームの直径 22m 、現在中央アジアに残っている歴史建造物のうちでも最大級のものである。ブルーの色鮮やかなトルコ石のドームは、青の都サマルカンドを思わせる。ムスリムの巡礼地としても有名で、方々からこの地を訪れる人々があとを絶たない。
1998年11月、トルコ政府の援助により3500万ドル以上を投じた全面修復工事が行なわれており、景観を損ねているが、内部の見学はできます。この工事、西暦2000年に予定されているトゥルキスタン1500周年祭までには終わらないようです。
・クルウエト地下 モスク
1930〜40年代まで使われていたモスクで、現在は内部が博物勧こなっている。コジャ・アフメド・ヤサウィが63歳で隠居し、修行に励んだといわれる穴の跡も見られます。
アスタナ
1997年12月からカザフスタン共和 国 の新首都となったアスタナ。いまのところまだ建設、開発が進められている途中で、旅行者にとってはこれといった見どころがあまりありません。見どころを地元の入々にたずねても、あれが新しい国会議事堂、あれが共和国政府の建物 、あれがトルコ人の建てた5つ星ホテルという答えが返ってきます。アスタナは公式な首都であるのに、アルマトイは今までも主町として考えられています。
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