タシケントの名所や遺跡情報


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ウズベキスタンの首都のタシケント市
タシケントの旧市街
タシケントの新市街
日本人墓地
博物館一覧
タシケントのアクセスページ


タシケントは中央アジアの最大の都市で、300万以上の人口があります。中央アジアで唯一の地下鉄があり、真っすぐ延びる道路に大きいビルが連なる、およそシルクロードの印象からは離れた近代都市である。
オアシス都市としての歴史は長く、2000年前には「チャーチ」という名で記録に現われている。11世紀ごろから「タシケント」という名で呼ばれるようになった。シルクロードの中継点として最も栄えたのがこの頃である。モンゴル軍に破壊された後、ティムール帝国、シャイバニ朝時代になって町は復興する。1809年にコーカンド・ハーン国の支配下に入った頃には、全長25キローメトルの城壁に囲まれた都市に成長していた。1865 年に始まった帝政ロシアによる支配が、タシケントの様相を一変させることになった。ヨロッパ人が増え、新しいヨロッパ風のタシケントができた。ソ連時代もタシケントにはあらゆる大企業ができて人口もかなり増えた。おおまかに言うと町はウズベク人が住んでいる古い町と国際化が進んだ新市街に分かれてしまいました。その境界も、1966年4月26日に大地震があり、古くから残っていた建物は倒れ新しく造られた建物のおかのおかげで、わずか数年でタシケントはまったく新しい近代都市に生まれ変わった。中心街を歩いている限り、現在のタシケントにシルクロードの風情を感じることはないが旧市街に入ったら古くから保存されたモスクや新学校がある。住宅街の建物も古くから残り、新市街と雰囲気がまったく違います。 タシケントには国際空港と二つの大きい駅があるので中央アジアの重要な入り口の町です。 タシケントのインフラも割合とよくできているので遊ぶ場所が多く、ホテルやレストンなども多く、スキー場とゴルフ・クラブもあります。


タシケントの旧市街
「ウズベク語の発音でエスキー・シャハール」 旧市街のご見学を地下鉄のチョルスー駅から始めるといいと思います。降り口にもよるが、駅の南側にクカルダシュ・メドレセと大きなモスクがある。駅の北側にある屋根付きの大きなバザールを過ぎると、そこから旧市街の住宅地が始まっている。旧市街がどんなものなのか知りたければ、どこでもいい、狭い上挨の舞う細い通りに入り込んでみるといい。きっと途中で迷ってしまうはず。でも迷ってみないことには、旧市街というものはわからない。旧市街にはメインストリートと呼べるような通りはないが、サーカスの裏手から北に延びるザルカイナル通りに見どころが多く集まっている。このうねうねとした細い通りをしばらく辿っていくと、小さなロータリーがあるハスト・イマーム広場に出る。この広場を囲むようにバラク・ハーン・メドレセとモスクとカファリ・シャーシ廟などが建っている。バラク・ハーン・メドレセの向かい側にあるモスクの中庭にイスラーム図書館があり、古くから保存されている貴重なコーランもあります。

クカルダシュ・メドレセ
当時タシケントを支配していたシャィバニ朝の大臣 クカルダシュ によって、 16 世紀に建てられた神学校。ソ連時代は倉庫などに 使われていたが、独立後修復され、再び神学校として活動している。ロシア帝国に併合される以前、この周辺は「レギスタン」と呼ばれる タシケントの中心地だった。他の町のレギスタン広場と同様に、罪人や不貞を犯した女性らがこのメドレセのミナレットから投げ落とされたという。メドレセ裏手の丘の上には、15世紀に建てられたジャミー・ モスク米があり、金曜日には大きな礼拝が行われています。

チョルスー・バザール
地下鉄のチョルスー駅を出た途端、もうバザールの空気が感じられるはずです。タシケントには、他にも大きなバザールがいくつかあるが、「古いバザール」と呼ばれるのはここだけ。今も変わらぬ昔ながらのにぎわいを見せている。中心に体育館のように大きな屋内バザールがあり、香辛料やドライフルーツ、チーズ、つけものなどがずらりと並んでいる。もちろんその周りには、そこからはみ出した人々や品々が溢れている。おいしいプロフやラグマンが食べられるチャィハナもある。とにかく、百聞は一見に如かず。そしてその雰囲気に浸ってみましょう。

バラク・ハーン
ウズベキスタンのイスラーム教本庁が置かれたバラク・ハーン・メドレセは16世紀シャィバニ朝のバラク・ハーンによって建てられた神学校。入口のアーチには、美しいモザィク模様とアラビア語の文様が描かれている。このメドレセには、ソ連時代に中央アジアのイスラームの本庁が置かれていた。独立後、中央アジアの国々は各自の本庁がある。建物の中庭には入りまして、バラ園があります。

ハスト・イマーム広場のモスク
バラク・ハーン・メドレセの向かいにある16世紀に作られたモスク。近所の高齢者と少年の男性が毎日礼拝の時間に集まってきます。モスクの中庭北側には本庁に属する図書館があり、各国語に翻訳されたコーランや、世界最古のコーランといわれる7世紀のオスマン・コラーンが展示されている。ティムールがダマスカスから持ち帰ったもので、大切に保管されている。モスクの隣に小中学校の建物があり、広場で遊んでいる生徒たちはよく見えます。

ケファリ・シャシー廟
バラク・ハーン・メドレセの北側にある10世紀の聖人の廟。建築は1541年のもので、銀色のドームですぐわかる。ケファリ・シャーシは神学者、詩人で、その墓に詣でると御利益があると信じられていた。この廟のほぼ向かいにはイスラームの高等教育機関、イマーム・アリ・ブハーリ学院がある。
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ユヌース・ハーン廟
ナヴオィ大通りから少し北に入ったところにある15世紀の廟。ユーヌス・ハーンは、インドにムガール帝国を築いたバーブルの祖父。小さいながらも、美しい青のドームが光る例廟です。


タシケントの新市街
広大な新市街の特徴は、通りと道路が広いです。公園などの緑も豊かなのでこの印象を強くします。新市街の中心には、アミル・ティムール広場と地下鉄のティムール駅があります。 現在ここには、新生ウズペキスタンのシンボルともいえるティムール像が立っている。それ以前はマルクスが立ち、それ以前はスターリン、レーニン、帝政ロシアの将軍カウフマンといった面々が呪みをきかせていた。この広場のすぐ東側に、ウズべキスタン・ホテルが建っている。ティムールが手を伸ばす方向のサィールゴフ通りは、歩行者道になっている日抜き通り。カフェやお土産などが並んでいます。タシケントを訪れる地方の若者の姿で夜遅くまでにぎわう。新しいカフェやディスコなどもここに軒を並べている。この通りは「プロードヴェイ」も呼ばれ昔に劇場がありました。「ブロードヴぇイ」通りを端から端まで歩いて約10分。突き当たりのシャラフ・ラシドフ通りを南ドすると歴史博物館、続いてタシケント・パレス・ホテルに辿り着く。このタシケント・ホテル南西の交差点にあるツーム百貨店。このティムール広場の周りは比較的密度が希薄な地域だが、それでも見どころや、ホテルなどが点在している。

国立「ボリショイ」オペラ・バレー・ナボイ劇場
1947年に完成した1500人収容の劇場。内装もすばらしく、6つの休憩ロビーは、タシケント、サマルカンド、ブハラ、ホレズム、フェルガナ、テルメズの各地方のスタイルでレリーフが施されている。実はこの劇場は、第二次大戦後タシケントに抑留されていた旧日本兵などの捕虜に、強制労働で造らせた建物のひとつである。 「日本人が建てたこの劇場は、地震のときにもびくともしなかった」という誉め言葉を聞くことがある。この劇場にはバレーの学院もあり、卒業生は世界中のバレー団に出ています。
ナボイ劇場のページ

アブドゥル・カシム・メドレセ
国会議事堂の裏に建つ19世紀の神学校。現在はほとんど修復され、中庭を囲む学生用の部屋は、それぞれウズベキスタンの民芸品の工房になっている。美しい細密画が描かれた手描きの小箱や1枚板から作られる複雑な構造の本置き、精巧な鋼細工の箱など、どれも品質が高く、お土産物やで買うより安いがあまり安いものはありません。すこし上等のお土産を揃えるのにも便利なところ。


タシケント・テレビ塔
新市街の北にある高さ375メートルのテレビ塔で、100メートルのところまで昇って市街を一望できる。ただしカメラを持ち込むことはできず、荷物は入口で預けなくてはいけません。展望台にはゆっくり回転するカフェもある。塔の南側一帯は、大きなプールとタシケントランド遊園地になっている。


日本人墓地

タシケントの新市街の南西、ヤッカサライ地区所のムスリム墓地の一画に、第二次大戦でソ連の捕虜となった79名の日本人が眠る墓地がある。墓標と記念碑、ウズベキスタン各地で亡くなった人冷の名を刻んだプレートが静かな環境のなかに置かれている。墓地に行く途中にスロヴァキア大使館があり、その隣に日本人虜囚に関する資料館があり、入場は無料です。これは映画監督のスルタノフ・ジャロールさんが集めた資料を自宅で公開しているもので、展示された写真などからは当時の日本人の苦労が偲ばれる。英語の解説もある。
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タシケントの博物館一覧

ウズベキスタン歴史博物館
タシケント・パレス・ホテルの北側にある大きな博物館。ウズベキスタンの通史をざっと見渡すことができる。 2 階には石器時代から20世紀の初めごろに至るまでの歴史が展示されている。最大の見ものは、テルメズ近郊のファヤーズ・テペ遺跡から出土したクシャン朝( 1 一 3 世紀)時代の仏像だと思います。穏やかな顔をしたブッダが印象的で、小さなものではあるが、一級のガンダーラ仏と言えます。 3 階は帝政ロシアの征服以後の歴史。ウズベク人の蜂起の展示などもある。プロパガンダ色が強い第二次大戦の展示のみ、赤い蛍光灯で照らされているのがおもしろい。英語の解説は時折要約があるだけなので、事前に少し中央アジアの歴史を学んでいくと楽しめる。正式的な入口はよく閉まっているので一階の裏口から入りましょう。すべての展示品を見るのに早くても2時間がかかります。

ウズペキスタン国立美術館
4階建ての広くて古代から現在までの展示品が多く揃っている美術館。地下鉄のアイベック駅から歩いて5分ぐらい。1階にはウズべクやトゥルクメンやタジクの紘迭や装飾品、2階には民族衣装や彫刻など、色とりどりの品々が収められている。出色は、フェルガナ盆地のクヴァで出土した12世紀の仏像の頭部。その他ブハラ近郊ヴァラフシャ出土のソグディアナ時代の宮殿壁画(象に乗った王が豹を狩る姿が描かれている。最近世界中に人気を呼んでいるスザニ刺繍の大きいコレクショーンも2階にあり、ブハラ・ハーン国の王族の着物なども注目されています。帝政ロシア時代から立派なイコンも3階にあり、ロシアの有名な画家の作品もロマノフ王朝のコレクショーンから残っています。この美術館をゆっくり見ようとしたら少なくても3時間が必要です。

ウズベキス夕ン工芸博物館
1907年に建てられたロシア公使の私邸を博物館にしたもの。この博物館の建物自体がひとつの展示品として考えていい美しいもので、ウズベク各地から招かれた職人によってイスラームの宮殿のような装飾が施されている。ただし公使はイスラーム自体が嫌っていたようで、ミフラーブはメッカとは逆の方向に設置されているし、オマル・ハィヤームの詩の一節が扉の上に記されていたりする。陶器や浮き彫りなど様々な展示品があるが、なかでもスーザニと呼ばれる刺繍の壁掛けが多く揃って美しい。

アミール・ティムール朝の歴史博物館
ティムール族を中心に、ウズベキスタンの歴史の資料を集めた新しい博物館。歴史の事件を再現した絵画や、建築物の模型もあって楽しめる。豪華な内装で広い博物館。アミール・ティムール駅から歩いて3分がかかります。
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ナヴォイ文学博物館
アリシェール・ナヴォイの名を冠した博物館。中央アジアの文学に関する展示と、細密画の展示がメインになっている。ナヴォイはヘラートに生まれた15世紀の詩人・画家・政治家で、ティムール帝国時代に活躍した。ウズベク語とペルシャ語の比較書を著わし、ファルハッドとシリンなどロマンティックな詩を多く残したことで、「ウズベク文学の父」と呼ばれています。



地学博物館
ウズベキスタンの地学的様相を知りたい人に。鉱物の標本や恐龍の化石などの展示があります。

中央アジア鉄道博物館
鉄道好きな人は見逃せない鉄道技術博物館。タシケント駅前の広場の北側にある野外博物館。数十両の時代物の機関車や客車が展示されている。撮影舞台にすれば面白いと思っています。


タシケントの買い物

ツーム百貨店
タシュケントを代表する百貨店。3階建ての店内はソ連時代とは 比較にならないくらいの品揃えである。輸入品もかなり多いが、   お酒落な食器類に混じって代表的な料理であるピラフを作るための 半球状の 大きな鍋が鎮座しているところが、さすがはウズベキスタンおよそ生活に必要なものは何でも揃うし店内を見て回るだけで おもしろい。ウズベキスタンの土産品も、国営商店ゆえに比較的安く手に入る。民芸品だけでなく、こちらの雑貨類もお土産にできそうだ。1階に両替ができる銀行窓口があります。

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アミール・テムール広場のテムール像

国会の建物

国立工芸博物館

国立サカースにきていた少女たち

タシケントのアイベク大通り

タシケントの地下鉄

独立広場駅

ミロバードバザールのナン

アクアパーク遊園地

医学大学の近くにあるキリスト教会

綿花模様の磁器の食器セット

チョルスバザールの香辛料

チョルスバザールの香辛料

チョルスバザールの野菜